【5G/4G/LTEの標準化】第4回 3GPPにおける技術検討① 全体像

3GPPにおける技術検討の全体像
  • 3GPPでは標準技術がTS(Technical Specification)という形で取りまとめられているけれど、それはどのような過程で決まっていくの?
  • 3GPPに関してStudy ItemやWork Itemといった言葉に出くわすけれど、何を意味しているのかよく分からない。

知財担当者として5G/4G/LTEを担当すると、例えば標準必須特許(SEP)の権利化のために、3GPPの技術動向を把握したり、例えばSEPの係争のために、他社特許に対する無効資料として3GPPでの議論の内容を探したりすることがあります。

しかし、これらのアクションは、3GPP TSに取りまとめられる標準技術がどのような過程を経て決定されるか(すなわち、3GPPのTSに至るまでの過程)の理解がなければ、なかなか進めることができません。逆に言うと、理解があれば、これらのアクションをよりスムーズに行うことができます。

私はこれまで10年以上にわたって移動体通信特許の権利化や係争の支援に携わってきましたが、3GPPにおけるTSに至るまでの過程の理解は大いに役に立ちました。

そこで、この記事では、3GPPにおける技術検討の全体像を説明します。

この記事を読めば、3GPP TSに取りまとめられる標準技術がどのような過程を経て決定されるか(すなわち、3GPPのTSに至るまでの過程)を理解することができます。

なお、技術検討の最終成果物である3GPP TSについての理解を深めたいという方は、以下の第2回の記事と第3回の記事を読んでみてください。

目次

3GPPの組織構成

3GPPにおける組織構成

標準化に関する第1回(「3GPPとは」)の記事では、3GPPの組織構成を説明しましたが、ここでもう一度振り返ってみましょう。

この記事でも説明したとおり、3GPPには、3GPPの技術仕様(TS)を検討し作成する3つのTSG (Technical Specification Group)があります。

PCG_TSG

具体的には、RANCTおよびSAという3つのTSGがあり、それぞれの対象範囲のイメージは概ね以下のようになります。

target_of_TSG

TSG RANは、RANに関わる技術仕様(TS)の検討・作成を担っています。
TSG CTは、コアネットワークとUEに関わる技術仕様(TS)の検討・作成を担っています。
TSG SAは、サービスおよびシステム全体に関わる技術仕様(TS)の検討・作成を担っています。

各TSGは、その配下に複数のWG (Working Group)をもち、各WGにおいて実際の技術仕様(TS)の検討・作成を行います

図:3GPPの組織構造。TSG(RAN/SA/CT)の下に複数のWGがぶら下がる

WGごとに対象範囲が予め定められており、各WGでは、この対象範囲における技術仕様(TS)の検討・作成が行われます。換言すると、3GPPの各TSには、1つの主要な責任WG(prime responsible WG)が決められており、そのWGがTSの検討・作成を行います。

なお、各TSGには、プレナリ(plenary)と呼ばれる全体会合も存在します。

3GPPにおける技術検討の流れ

3GPPにおける技術検討の流れ

ひとつの技術が3GPPで仕様(TS)として固まるまでには、おおまかに2つの段階を踏むことが多くあります。(1)調査の段階と、(2)規定作成の段階です。

この2つの段階の違いは、目的です。(1)調査の段階は、「そもそも作るか、作るなら何を作るか」を調べて見極める段階であり、(2)規定作成の段階は、「作ると決まったものを、規定として書き切る」段階です。

3GPPでは、(1)調査段階の作業は、Study Item(SI)という作業項目の単位で管理され、(2)規定作成段階の作業は、Work Item(WI)という作業項目の単位で管理されます。SIWIは、「期間」の名前ではなく、目的・担当WG・スケジュールがセットで定義された、いわば個々のプロジェクトの名前です。ひとつのReleaseの中では多数のSI/WIが並行して進められています

基本的な流れ

では、技術検討の基本的な流れを見てみましょう。

3GPPにおける技術検討の流れ

このような全体の流れのうちの①~④(1)調査段階にあたり、⑤~⑧(2)規定作成段階にあたります。

(1)調査の段階(2)規定作成の段階も、企業による提案TSGプレナリでの承認WGでの議論TSGプレナリでの承認という流れで進みます。

調査段階

(1)調査段階(①~④)の詳細は、以下のとおりです。

①企業による提案
ある企業(または複数企業)が、「この技術を調査しよう」と、SID(Study Item Description)という提案文書を起草し、賛同企業を集めてTSGプレナリに提出します。

②Study Item(SI)としての承認
提案されたSIDが、TSGプレナリで審議され、承認されると、実現可能性を調べる正式な作業項目であるSI(Study Item)になります。SIDには調査の目的(objectives)、担当するWG、進捗管理役(ラポーター)、完了目標時期が明記されており、これが以降の作業の出発点(インプット)になります。

③WGでの調査
各社が、WGにおいて寄書(contribution)を持ち寄り、解決策の候補を出し合って、実現性や性能を評価・比較します。このような調査の結果——どんな解決策が考えられ、どれが有望か——が、技術報告 (Technical Report: TR)内にまとめられます。このTR内の記載がSIのアウトプットとなります。この技術報告(TR)は、informative(参考)な文書、つまり「従うべきルール」ではなく「調べた結果の記録」であり、検討された複数の案や、なぜその案が選ばれた/落とされたのかという経緯が残ります。そして結論(Conclusions)の章で、規範化を推奨する方式が絞り込まれます。

④TRの承認
WGでまとめられたTRは、TSGプレナリにて承認されます

規定作成段階

(2)規定作成段階の(⑤~⑧)詳細は、以下のとおりです。

企業による提案
TRの結論をインプット(根拠)として、企業が、WID(Work Item Description)という提案文書を起草し、TSGプレナリに提出します。

Work Item(WI)としての承認
提案されたWIDが、TSGプレナリで承認されると、実際に仕様を書き起こす正式な作業項目であるWI(Work Item)になります。WIDに書かれた目的(objectives)が、その後の作業範囲を定めます。

⑦WGでの規定作成
各社がWGにおいて寄書を持ち寄り、パラメータの値や手順の細部などの膨大な詳細設計がこの段階で一つずつ合意されていきます。合意された内容は、新しいTS内に書き起こされるか、または、既存TSへの変更要求(CR:Change Request)内に書き起こされます。このようなTS(すなわち、新しいTS、または、既存TSに反映されるCR)が、WIのアウトプットとなります。TSの本体はnormative(規定)な文書、つまり実装が実際に「従うべきルール」を定めた文書です。

⑧TSの承認
WGで書き起こされたCRTSは、TSGプレナリにて承認されます。そして、承認された内容が、特定のReleaseの一部として確定します。

その他

技術検討の基本的な流れを説明しましたが、この流れは、あくまで大型の新機能開発における基本の型です。実際には、この型に当てはまらないケースも少なくありません。

例えば、上述した基本的な流れに当てはまらない事項として、以下のようなことがあります。

SIを経ずに、最初からWIになるケース:技術の方向性がすでに明確な場合——たとえば前のReleaseで規定した機能の追加拡張や、新しい周波数バンドの追加のような定型的な作業——では、調査の段階(SI)を省いて最初からWIとして承認されます。件数で見ると、こうした「TRを持たないWI」はかなりの割合を占めます。

TRの内容がすべてWIに引き継がれるわけではない:TRには検討したものの採用されなかった案も記録として残ります。WIに引き継がれるのは結論で推奨された一部であり、逆に、TRに書かれていなかった詳細がWI段階で新たに決まることも多々あります。

特許実務での利用

特許実務での利用

最後に、3GPPにおける技術検討の経緯が特許実務にどう関係してくるのかを場面ごとに整理します。

  • 「権利化」の出願前——3GPPの動向を把握する

自社発明をSEPへと権利化していく出発点は、将来どの技術が標準になりそうかを見極めることです。SI/WI/TR/TS/寄書のいずれもが、3GPPで今どんな技術が検討されているかという動向把握に役立ちます。標準化されそうな技術を先取りして出願に取り込むことが、後のSEP化につながります。

  • 「権利化」の出願後/「自社SEPの活用」/「他社からの防御」——TSの分かりにくい記載を読み解く

TSの記載は簡潔で、背景や狙いの説明が省かれていることが多く、その一文が「なぜ・何のために」あるのか分かりにくい場面があります。そんなとき、もとになったTR寄書をたどると、その規定が生まれた経緯や意図が見え、TSの難解な記載を理解する手がかりになることがあります。

  • 「他社からの防御」——他社特許を無効にする材料として

他社特許の無効を検討する場面では、TSだけでなくTRや寄書も、無効資料(先行技術)の候補になりえます。TRや寄書はTSよりも早い時期に技術内容を開示していることがあり、出願前に公知だった資料として使える可能性があるためです。

このように、TSだけを見るのではなく、その手前のTRや寄書まで視野に入れることが、移動体通信のSEP実務では必要になることがあります。

なお、以下の記事では、SEP実務を詳細に説明しておりますので、ご興味があれば是非読んでみてください。

まとめ

3GPPにおけるの技術検討は、TSG(RAN/SA/CT)の下のWGで進められます。

ひとつの技術は、例えば、Study Item(SI)→ TR (Technical Report)→ Work Item(WI)→ TS(Technical Specification)→ Release という流れで仕様になっていきますが、SIとTRなしでWIから始まることもあります

TRは、informative(参考)な文書であり、TSは、normative(規定)な文書です。

特許実務では、出願前は動向把握に、出願後・係争時はTSの読み解き無効資料探しに、TR・寄書まで含めて活用できる

以上、第4回として、3GPPにおける技術検討の全体像を説明しました。

第5回は、実際に技術検討が行われる場である Working Group(WG) を取り上げ、どのWGで何が検討されているのかを見ていきます。


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この記事を書いた人

移動体通信(5G/4G/LTE)× 特許係争 を専門とするイージスエイド特許事務所の代表弁理士。
10年以上にわたって、移動体通信特許の権利化と係争の支援に従事。
本サイト(【5G/4G/LTE】特許ノート)では、移動体通信特許の専門家として、移動体通信特許を担当する知財担当者向けに様々な有用情報を提供しています。
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