【5G/4G/LTEのSEP】第2回 SEPの権利化

SEPの権利化
  • 会社の方針として「標準必須特許(SEP)を取得したい」と言われたが、通常の特許出願と何を変えればよいのか分からない。
  • 出願の時点では、その技術が標準に採用されるかどうか分からないのに、どうやって「標準に必須」な特許を狙うのだろう。
  • 研究開発部門から標準化関連の発明届が上がってくるようになったが、出願した後、標準化の進行に合わせて何をすべきなのか、イメージがつかめない。

知財担当者として5G/4G/LTEを担当することになると、標準必須特許(standard essential patent:SEP)の権利化(すなわち、特許出願によりSEPを獲得すること)に関わることもあります。

そのような場合には、知財担当者として、SEP獲得の可能性を高めるために、出願時や出願後に何に気を付けてどのようなアクションをとればよいかを知っておく必要があります

私はこれまで10年以上にわたって移動体通信特許の権利化や係争の支援に携わってきましたが、とりわけSEPの権利化の際には、通常の特許の権利化とは異なる留意点やアクションがありました。

そこで、この第2回の記事では、標準必須特許(SEP)の権利化を掘り下げて説明します。

この記事を読めば、標準必須特許(SEP)の権利化において出願時や出願後に何に気を付けてどのようなアクションをとればよいかを知ることができます

なお、前提知識としてSEPの概要を知りたいという方は、以下の第1回の記事を読んでみてください。

目次

はじめに

はじめに

まず前提として、「標準必須特許(SEP)」という特別な出願制度や権利の種別があるわけではありません SEPの中身は通常の特許であり、そのクレーム特許発明の技術的範囲)が標準技術を包含しているものをSEPと呼んでいるにすぎません。

Scope of invention

したがって、SEPの権利化とは、特別な手続を踏むことではなく、クレーム標準技術を包含する」という状態(必須性)を、出願から登録までの各段階でいかに作り込み、確保していくかの活動だということになります。

やっかいなのは、特許の出願時点では、標準の側がまだ確定していないことです。狙った技術が最終的に3GPPの技術仕様(Technical Specification:TS)にどのような形で記載されるかは、出願の後になって決まります。そこでSEPの権利化では、時間軸に沿って次の3つのフェーズに分けて考えるのが有効です。

  1. フェーズ1:出願時
  2. フェーズ2:出願後〜拒絶理由通知前
  3. フェーズ3:拒絶理由通知への対応

以下、各フェーズを順に見ていきましょう。

フェーズ1:出願時にすべきこと

フェーズ1:出願時にすべきこと

出願時(フェーズ1)には、SEPを獲得するために、(1) 標準化の動向を把握した上で、(2) TSに記載されそうな技術を想定してクレームを作成し、(3)出願後の軌道修正を可能にする明細書を作成し、 (4) 適切なタイミングで出願します。

出願時にすべきこと

(1) 標準化動向の把握

SEPを狙う出願は、「将来TSに記載されそうな技術」への先回りです。先回りである以上、3GPPにおける議論の方向性を把握しないまま出願しても、標準から外れた(=必須性のない)特許になってしまいます。

そのため、SEPを獲得するためには、出願時に3GPPにおける標準化の動向を把握しておくことが重要です。

例えば、近いうちにTSに導入されそうな技術を狙う場合対象のWorking Group(WG)における直近の具体的な議論(すなわち、寄書の内容)を把握することが重要です。これにより、現実的にどのような技術がTSに記載されそうかを検討することができます

なお、とりわけ自社が寄書で技術を提案する立場であれば、その寄書自体が特許出願にとっての最重要のインプットになります。

例えば、すぐには導入されないが、将来的にTSに導入されそうな技術を狙う場合であっても、:SI (Study Item) / WI (Work Item) /TR (Technical Report)/寄書などから3GPPにおける検討の方向性を把握することが重要です。これにより、特許出願が3GPPにおける検討から大きく外れたものになってしまうことを避けることができます

なお、3GPPにおいてどのように技術検討が行われているかについては、以下の記事にて解説しています。

(2) TSに記載されそうな技術を想定したクレーム作成

出願時のクレーム作成で最も重要なのは、「TSに記載されそうな技術」を想定しながら発明をとらえ、それをクレームに落とし込むことです。なぜなら、TSに記載されない技術のクレームは、SEPにはならないからです。

移動体通信の技術の中でも、TSに記載されやすい技術と、TSに記載されにくい技術があります。

TSに記載されやすい技術として、典型的には、ノード間での制御情報の送受信(すなわち、制御情報の送受信の動作制御情報の内容)があります。例えば、基地局とユーザ機器(User Equipment:UE)との間での制御情報(RRC message/MAC CE/DCI)の送受信は、TSに明確に記載されています。なぜならば、ノード(例えば、基地局、UE)のメーカーによらず通信を成り立たせるためには、ノード間で送受信される制御情報は、メーカー特有のものではなく、メーカー共通で標準化されていなければならないからです。

TSに記載されやすい技術として、例えば、ユーザ機器(UE)の内部処理があります。例えば、TSには、ネットワークから受信した制御情報に基づいて行われるUEの動作(例:測定および測定報告、無線リソースの決定、等)が記載されています。なぜならば、移動体通信システムが、どのメーカーのUEも同様に制御するためには、UEにおける通信関連の動作は、UEのメーカー特有のものではなく、メーカー共通で標準化されていなければならないからです。

一方、TSに記載されにくい技術として、例えば、ネットワーク側のノードの内部処理があります。例えば、基地局の内部処理として、スケジューリング、パラメータ設定、測定報告に基づくハンドオーバの決定、アドミッション制御等、様々なものがありますが、これらの処理の具体的な内容はTSには記載されていません。なぜならば、ネットワーク側のノードの多くの内部処理がメーカーごとに実装されたとしても、特段の問題なく通信を行うことは可能だからです。

以上のように、TSに記載されやすい技術と、TSに記載されにくい技術があるため、「TSに記載されそうな技術」を想定しながら発明をとらえることが必要です。そして、「TSに記載されそうな技術」を包含する技術的範囲をもつ発明のクレームを作成します。

なお、SEPの観点ではないですが、クレームの作成にあたっては、クレームの主体を適切に決めることも重要です。基本的には、システムクレームではなく、各ノード(例えば、UE、基地局、コアネットワークノード)のクレームをそれぞれ作成するのがよいでしょう。システムクレームでは、単一のノードについての実施者に対して権利行使できないからです。

(3) 出願後の軌道修正を可能にする明細書の作成

出願時には、将来標準化されそうな技術(すなわち、TSに記載されそうな技術)を包含する技術的範囲をもつ発明のクレームを作成しますが、その技術が実際に標準化される(すなわち、TSに記載される)とは限りません

そのため、出願後は、標準化の状況を踏まえて、審査で引例として挙げられた先行技術を回避しつつ実際に標準化された技術(すなわち、 標準技術であり、TSに実際に記載された技術)を技術的範囲包含するようにクレームの補正を行うことが必要になります。いわば軌道修正が必要になるということです。

SEP獲得のための補正

出願後のクレーム補正は、明細書に記載した範囲でしか行えません。そのため、上述したようなクレームの補正を行うためには、その補正の内容をサポートする記載が明細書内に存在していなければなりません

よって、出願後に様々なクレーム補正が可能になるように、出願時に明細書の内容を可能な限り充実しておくことが重要です。

第1に発明の特徴部分については、可能な限り網羅的にバリエーションを明細書に記載しておきます。すなわち、発明の特徴部分の「横幅」を確保します。例えば、単一の手法だけを記載するのではなく、その手法の代替となる別の手法も記載しておきます。一例として、新規の制御情報を送信する発明において、典型的にはRRCシグナリグを用いることが想定されるとしても、別のシグナリング(例:NAS, MAC, PHY)を用いることもバリエーションとして明細書に記載しておきます。

第2に発明の特徴部分については、可能な限り深掘りして具体的な内容まで明細書に記載しておきます。すなわち、発明の特徴部分の「深さ」を確保します。例えば、抽象度の高い手法だけを記載するのではなく、その手法を実際に実現するための具体的な内容も記載しておきます。一例として、新規の制御情報をRRCシグナリングで送信する発明において、当該RRCシグナリングの具体的なメッセージや、当該新規の制御情報の具体的な内訳も、明細書に記載しておきます。

第3に、発明の特徴部分だけではな、発明の特徴部分についての前提事項もしっかりと記載しておきます。すなわち、発明の特徴部分を支える「土台」を確保します。例えば、発明の特徴となる手法だけを記載するのではなく、その手法が用いられる特定の環境/状況/条件や、その手法を用いる特定の主体等を記載しておきます。一例として、新規の制御情報を送信する発明において、そのような送信が行われる特定の環境/状況/条件、または、そのような送信を行う特定の主体を、明細書にしっかりと記載しておきます。

第4に未確定な用語については、代替の表現を併記しておきます。標準化の途上では用語自体が固まっていないことがありますので、1つの未確定な用語のみに頼らず、代替となる用語機能的な言い換えを記載しておきます。

(4) 適切なタイミングでの出願

SEPを狙う出願の場合には、出願のタイミングにも注意が必要です。

3GPPの寄書は、企業により提出される(すなわち、3GPPのファイルサーバにアップロードされる)と、その瞬間から世界中の誰でも入手可能になります。つまり、自社の寄書も他社の寄書も、出願前に提出されれば、その出願にとっての先行技術(引用文献)となってしまいます

そのため、SEPを狙う場合には、関連する寄書の提出が開始するタイミングより前に出願を行うことが望ましいです。より具体的には、WGの各会合のスケジュールは予め定められており、各会合のための寄書の提出を開始するタイミングも予め定められているため、そのようなタイミングの前に出願を行うことが望まれます。

なお、自社が寄書により技術を提案し、その技術についての特許も獲得したい場合には、寄書の提出前に特許出願も済ませておくのが鉄則です。せっかくの自社提案の技術の特許出願が、自社の寄書を引例として拒絶され潰れてしまっては元も子もありません。

フェーズ2:出願後〜拒絶理由通知前にすべきこと

フェーズ2:出願後〜拒絶理由通知前にすべきこと

出願後~拒絶理由通知前(フェーズ2)には、SEPを獲得するために、(1) 標準化の状況に応じてクレームを補正し、(2) 暫定的なクレームチャートを作成します。

出願後~拒絶理由通知前にすべきこと

(1) 標準化の状況に応じたクレーム補正

出願後は、対応する技術の標準化の状況、すなわちTSへの導入状況をウォッチします。そして、対応する技術が実際に標準化されたら(TSに実際に導入されたら)、その技術に照準を合わせ直してクレームを補正します

具体的には、出願時のクレームは、将来標準化されそうな技術(すなわち、TSに記載されそうな技術)を包含する技術的範囲をもつ発明のクレームでしたが、実際に標準化された技術(=標準技術)を包含する技術的範囲をもつ発明のクレームへの補正を行います。

出願後の補正

これにより、SEPを取得できる可能性が高まります。

なお、このような補正は、審査の開始前に行うほうがよいため、審査請求は、期限が来ない限りは、対応する技術の標準化の状況(すなわち、TSへの導入状況)が確定してから行います。

(2) 暫定的なクレームチャートの作成

補正の際には、補正後のクレームとTSの記載との対応を示すクレームチャートを作成しておきます。

この段階のクレームチャートは、いわば暫定的なクレームチャートです。審査を通じて、クレームをさらに補正する可能性があり、また、TSの記載もブラッシュアップされる可能性があるからです。

このような暫定的なクレームチャートには、2つの役割があります。

1つ目の役割は、必須性の自己点検です。クレームチャートを作成することにより、補正クレーム(またはオリジナルのクレーム)が本当にTSに記載された技術を包含できているかを突き合わせて確認することができます。

2つ目の役割は、補正の基準線です。クレームチャートが存在することにより、後に拒絶理由通知を受けた際に、「どこまで補正してよいか(どこから先はTSの記載から外れて必須性を失うか)」を判断することができます。

2つ目の役割は、次のフェーズで効いてきます。なお、クレームチャートの作り方そのものは、別の回で詳しく解説する予定です。

フェーズ3:拒絶理由通知への対応

フェーズ3:拒絶理由通知への対応

拒絶理由通知への対応時(フェーズ3)には、SEPを獲得するために、(1) 先行技術の回避と必須性の維持(=標準技術の包含)を両立させる補正を行い、その後の特許査定または拒絶査定に応じて必要ならば (2) 分割出願を活用します。

(1) 先行技術の回避と必須性の維持との両立

拒絶理由通知への応答では、先行技術を回避する補正・反論を行いますが、とりわけSEPを狙う特許出願では、この補正に強い制約が存在します。

すなわち、拒絶理由通知で挙げられた先行技術技術的範囲から外しつつ、且つ、実際に標準化された技術(=標準技術技術的範囲から外さないように、クレームを補正する必要があります。

拒絶理由通知への対応時の補正

先行技術を回避するためにクレームを限定しすぎて、標準技術がクレームの技術的範囲から外れてしまえば、特許は取れてもSEPにはなりません 「権利化には成功したが、必須性を失った」——これがSEPの権利化における失敗パターンです。

そこで、暫定的なクレームチャートが基準線になります。補正クレーム案の技術的範囲標準技術(=TSに記載された技術)を包含できているかを暫定的なクレームチャートで確認しながら、先行技術の回避と必須性の維持(=標準技術の包含)を両立させる補正を探ります。

なお、このような補正の可否は、出願時の明細書に補正材料が記載されているかによります。そのため、上述したように、出願時に明細書の記載をなるべく充実させておくことが望ましいのです。

また、このような補正の可否は、挙げられた先行技術標準技術にどれだけ近いかに依ります。例えば、先行技術標準技術と大きく異なる場合には、先行技術の回避と標準技術の包含を両立させることは比較的容易です。一方、先行技術標準技術とほぼ同じ場合には、先行技術の回避と標準技術の包含を両立させることは困難です。

(2) 分割出願の活用

拒絶理由通知に対して、SEPを狙ったギリギリのクレーム補正を行ったものの、そのようなクレーム補正は認められず、拒絶査定に至ってしまうこともあります。あるいは、拒絶理由通知で挙げれらた先行技術の回避のために、標準技術を包含しないクレームに補正し、そのクレームで特許査定に至ってしまうこともあります。

このように、望みどおりのクレーム(すなわち、SEPのクレーム)で特許査定を受けられなかったが、先行技術の回避と標準技術の包含を両立させる他のクレーム案がある場合には、そのクレーム案で分割出願を行うことによりSEPにリトライすることもできます

なお、分割出願には「時間を稼ぐ」という使い方もあります。特許査定または拒絶査定に至ってしまったが、標準化の動向をもう少し見てからクレームを調整したい——そのような場合、分割出願により出願ファミリーの係属状態を維持し、ある程度延命することができます。標準は改訂され続けますから、係属中の出願を残しておくこと自体が、将来の標準の姿に合わせてクレームを取り直せる「保険」になるのです。

まとめ

SEPの権利化とは、クレーム標準技術を包含する」という状態(必須性)を、出願から登録までの各段階でいかに作り込み、確保していくかの活動です。

フェーズ1(出願時):
(1) 標準化の動向を把握した上で、(2) TSに記載されそうな技術を想定してクレームを作成し、
(3)出願後の軌道修正を可能にする明細書を作成し、 (4) 適切なタイミングで出願します。

フェーズ2(出願後~拒絶理由通知前)
(1) 標準化の状況に応じてクレームを補正し、(2) 暫定的なクレームチャートを作成します。

フェーズ3(拒絶理由通知への対応時):
(1) 先行技術の回避と必須性の維持(=標準技術の包含)を両立させる補正を行い、
その後の特許査定または拒絶査定に応じて必要ならば 、(2) 分割出願を活用します。

実務のご相談

イージスエイド特許事務所では、クレーム補正案・暫定クレームチャートの作成、拒絶理由通知への応答の検討など、SEPの権利化に関する様々なご相談を承っております。まずはお気軽にご相談ください。

以上、第2回として、SEPの権利化を説明しました。

第3回では、このように権利化された自社SEPの活用を説明しておりますので、こちらも是非ご覧ください。

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この記事を書いた人

移動体通信(5G/4G/LTE)× 特許係争 を専門とするイージスエイド特許事務所の代表弁理士。
10年以上にわたって、移動体通信特許の権利化と係争の支援に従事。
本サイト(【5G/4G/LTE】特許ノート)では、移動体通信特許の専門家として、移動体通信特許を担当する知財担当者向けに様々な有用情報を提供しています。
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