- 必須性の検証だけで防御は十分なのか。有効性でも争えるなら争いたいけど・・・
- SEPの無効資料はどこを探せばよいのか。通常の特許の無効資料調査と同じでよいのか。
- 見つけた資料を、どう交渉に活かせばよいのか。
知財担当者として5G/4G/LTEを担当することになると、他社から標準必須特許(Standard Essential Patent:SEP)のライセンスを求める通知を受け、対象特許の有効性の検証(すなわち、対象特許に無効理由があるかの検証)を行うこともあります。
そのような場合には、具体的にどのように対象特許の有効性を検証すればよいのかを知っておく必要があります。
私はこれまで10年以上にわたって移動体通信特許の権利化や係争の支援に携わり、多くの特許の有効性を検証してきましたが、有効性の検証(すなわち、無効理由があるかの検証)にあたっては色々な留意事項やアクションがあります。
そこで、この第6回の記事では、他社SEPからの防御のために行う有効性の検証を掘り下げて説明します。
この記事を読めば、他社の対象特許の有効性をどのように検証すべきかを知ることができます。
なお、他社SEPからの防御の全体の流れを知りたい方は、以下の第4回の記事を読んでみてください。

1.有効性の検証とは

有効性の検証とは、対象特許に無効理由があるかの検証です。
中心となる無効理由は、新規性・進歩性です。対象特許の基準日——出願日、優先権を主張している場合は優先日——より前に開示された先行技術文献の中から、クレームの発明の新規性・進歩性を否定できるものを探します。この作業が無効資料調査です。
有用な無効資料が見つかれば、対象特許は無効であると主張できます。ここで大切なのは、有効性の検証が、必須性の検証とは独立した防御の軸だということです。クレームが本当に標準の技術を包含している——必須性の検証では崩せない——特許であっても、無効理由があれば、そもそも権利を行使できません。必須性で崩せなくても、有効性で争う道が残されているのです。
なお、無効理由は新規性・進歩性に限りません。とりわけSEPの場合、サポート要件違反や新規事項追加といった無効理由が潜んでいることもあります。
2.必須性と有効性の「挟み撃ち」の構造

無効資料調査に入る前に、知っておきたい重要な構造があります。必須性と有効性は、権利者にとってトレードオフの関係になりやすいということです。
まず、権利者は、必須性を主張するために、クレーム(特許発明の技術的範囲)を広く解釈しようとする傾向があります。クレームを広く解釈するほど、3GPP TSの技術(標準技術)を包含している——必須である——と言いやすくなるからです。クレームが、広く解釈されれば、3GPP TSの技術を包含するが、狭く解釈されれば、3GPP TSの技術を包含しないということもあります。

一方、クレームを広く解釈すれば、それだけ先行技術にも当たりやすくなります。クレームが、広く解釈されれば、先行技術を包含するが、狭く解釈されれば、先行技術を包含しないということもあります。

よって、クレームが、広く解釈されれば、3GPP TSの技術だけではなく先行技術も包含してしまい、狭く解釈されれば、先行技術だけではなく3GPP TSの技術も包含しなくなるということもあります。

このようなケースでは、以下のような形で相手を追い込める可能性があります。
- そのように広い解釈をするなら、クレームは、標準必須かもしれないが、この先行技術により無効である
- そのように狭い解釈をするなら、クレームは、この先行技術により無効にはならないが、標準必須ではない
これが必須性と有効性の「挟み撃ち」の構造です。この構造があるからこそ、必須性の検証と有効性の検証(無効資料調査)は、別々に進めるのではなく、クレーム解釈を共有しながら一体で進めることが効果的なのです。
3.無効資料

標準必須特許(SEP)の無効資料調査では、通常の特許と同様に、特許文献・学術文献なども無効資料の候補となりますが、とりわけ標準化の過程で作成された文献が無効資料の候補となります。
具体的には、3GPPでは、標準化のための技術検討の中で、技術仕様(Technical Specification:TS)、技術報告(Technical Report:TR)および寄書(contribution)が作成され、公開されていますので、これらが無効資料の候補となります。
なお、3GPPにおける技術検討について詳しく知りたい方は、以下の記事も読んでみてください。

(1) 技術仕様(TS)
対象特許の基準日(出願日、優先権を主張している場合には優先日)より前の技術仕様(TS) に、クレーム全体に対応する内容が記載されているようなことはほぼありませんが、クレームの一部(具体的には、特徴部分以外の部分)に対応する内容が記載されていることがあります。
そのため、基準日より前のTSは、他の無効資料と組み合わせる材料として役立つことがあります。
(2) 技術報告(TR)
技術報告(TR)には、TSに規定されることになる機能について、その基本的な考え方や、前提となる技術的課題が記載されていることがあります。
また、TRは、TSの前段階で作成され公開される文献であるため、対象特許の基準日より前では、TSには何も記載されていないが、TRには関連する内容が記載されている、ということもあります。
そのため、基準日より前のTRも、無効資料として役立つこともあります。
(3) 寄書
各社は、TSの規定を提案・議論するために、3GPPのWorking Group(WG)の会合にて寄書を提出します。そのため、寄書は、その時点での最新の技術が記載された文献と言えます。
しかも、寄書は、WGの会合での提案・議論のために会合前に各社により3GPPのファイルサーバーにアップロードされ、アップロードされた瞬間に世界中の誰でもアクセス可能になります。
そのため、基準日より前の寄書は、非常に有用な無効資料となり得ます。実際、SEPを対象とする無効資料調査では、寄書が有用な無効資料となることが多いですので、寄書は、無効資料調査における最重要の調査対象と言えます。
(4) 旧世代のTS/TR/寄書
新世代(例えば5G/NR)の技術は、旧世代(例えば4G/LTE)の技術をベースにしていることもあります。
そのため、対象特許の発明が、新世代のTSの技術に対応している場合であっても、その技術が旧世代の技術をベースにしている場合には、旧世代のTS/TR/寄書が当該対象特許の無効資料として役立つこともあります。
4.無効資料調査の進め方

(1) クレームと3GPP TSの理解
まず、対象特許のクレームを正確に理解します。これは、文言解釈を含む作業です。
さらに、クレームに対応するとされる3GPP TSの技術も理解します。対応する3GPP TSの技術の理解により、クレームをより深く理解することができます。また、対応する3GPP TSの技術の理解により、3GPPの資料(寄書/TS/TR)を調査する際に、どのような技術を探すべきかを知ることができます。
クレームの理解も3GPP TSの理解も、必須性の検証でも必要になる作業であり、必須性の検証と有効性の検証に共通の作業として行います。クレームおよび3GPP TSの理解については、以下の第5回の記事(必須性の検証)にて詳しく説明しています。

(2) 基準日の確認
対象特許の基準日——出願日、優先権を主張している場合は優先日——を確認します。
とりわけ優先日については、優先日の日付を確認するだけではなく、優先日に対応する基礎出願にクレームをサポートする内容が記載されているかを確認する必要があります。もし基礎出願にクレームをサポートする内容が記載されていなければ、その優先権主張・優先日は、そのクレームについて有効ではありません。また、複数の優先日がある場合、クレームについて有効な優先日はどれなのかを確認する必要があります。
無効資料調査では、基本的には、この基準日よりも前に公開された資料を探していくことになります。
(3) 文献調査
基準日が定まったら、その基準日より前に公開された文献を調査します。
とりわけSEPの場合、標準化の過程で作成された文献(TS/TR/寄書)を調査します。
例えば、基準日の時点における最新versionのTSを入手し、クレームに対応するTSの記載のうち、そのversionのTSにどこまで存在しているかをチェックします。クレーム対応するTSの記載の多くの部分の記載があるならば、そのversionのTSは、他の無効資料と組み合わせる材料となり得ます。
また、 関連するWGにおける基準日前の会合を特定し、会合のために提出された寄書を調査します。例えば、クレームが物理層の技術に対応する場合には、RAN WG1における基準日前の会合の寄書を調査します。とりわけ、基準日に近い会合の寄書から調査していくのが効果的です。
基準日よりも前に公開された文献を調査するだけではなく、クレームに対応するTSの記載がどのversionで導入され、どの寄書により提案されたかを、遡って調査するのも有効です。このような導入・提案の調査により、WGにおける技術検討の状況をより正確に把握することができます。
対象特許の発明に対応する技術が旧世代の技術をベースにしている場合には、必要に応じて旧世代のTS/TR/寄書も調査します。
なお、当然ながら、標準化の過程で作成された文献以外にも、必要に応じて、特許文献・学術文献なども調査します。特許文献については、基準日より前に公開されたものだけではなく、基準日よりも前に出願されたもの(すなわち、先願)も調査します。
(4) 取り纏め
文献を調査した結果、クレームを無効にし得る無効資料が見つかった場合には、調査結果を取り纏めます。
例えば、クレームの構成要素ごとに、その構成要素に対応する無効資料内の記載を整理します。複数の無効資料を組み合わせる場合には、組合せのための論理付けも整理しておきます。
ここで知っておきたいのは、無効資料によりクレームを無効にできるか否かの判断は、白黒はっきりつくとは限らない、ということです。クレームの文言解釈にも、無効資料の読み方にも幅があるため、グレー(争点あり)という結果もめずらしくありません。つまり、無効資料による無効の主張に対して反論の余地があることもあります。
一例として、クレームの一部が、無効資料に記載されていると解釈し得るが、無効資料に記載されていないとも解釈し得るようなことがあります。つまり、クレームの一部は無効資料には記載されていないと反論できる余地があることがあります。別の例として、複数の無効資料の組合せによりクレームの無効を主張する場合に、複数の無効資料を組み合わせる動機付けがないと反論できる余地があることもあります。
もちろん、反論の余地がないほど完璧な無効資料が見つかれば、クレームは無効であると強く主張できます。しかし、そのような完璧な無効資料がなく、反論の余地ありの無効資料しか見つからなかったとしても、クレームは無効であると主張することはできます。無効資料調査では、可能な限り反論の余地の少ない無効資料を見つけ出すことが重要です。
以上のような無効資料調査では、クレーム解釈のスキルと、3GPPの標準化の過程で作成された文献(TS/TR/寄書)を読み解く技術理解の両方が必要です。
イージスエイド特許事務所では、無効資料調査などを通じて、ライセンス要求を受けた企業の防御を支援しています。お困りの際は是非ご相談ください。
5.先行技術以外の無効理由——サポート要件・新規事項追加

無効理由は、新規性・進歩性だけではありません。とりわけSEPの場合、サポート要件違反や新規事項追加という無効理由が潜んでいることがあります。
SEPを目指す権利化では、標準化の進行に合わせて、クレームをTSの記載に寄せていく補正が行われます。このような補正の際に、TSの記載への合致度は少し低いがサポート要件違反・新規事項追加のリスクがないクレーム(すなわち、必須性よりも有効性を重視したクレーム)よりも、サポート要件違反・新規事項追加のリスクがあってもTSの記載への合致度はより高いクレーム(有効性よりも必須性を重視したクレーム)が選択されることがあります。そのため、補正の際に後者のクレームが選択された場合には、サポート要件違反や新規事項追加の無効理由が存在する可能性があります。
サポート要件違反や新規事項追加は、クレームの理解のために明細書内のサポートの記載を確認したり、包袋にてクレームの補正の経緯を確認したりする際に、見つかることがあります。そのため、クレームの理解の際には、サポート要件違反や新規事項追加にも気を配っておくのがよいでしょう。
6.検証結果をどう活かすか

上述した無効資料調査の調査結果(クレームの各構成要素に対応する無効資料内の記載や、複数の無効資料を組み合わせる場合における組合せのための論理付けなど)は、特許ごとに整理しておきます。
また、サポート要件違反や新規事項追加が見つかった場合には、それらも、特許ごとに整理しておきます。
これらは、交渉の材料になります。個々の特許について有効性なし(無効理由あり)の主張を組み立てられることはもちろん、相手が多数の特許を提示している場合には、「ポートフォリオの中に有効性に疑義のある特許がこれだけ含まれている」という形で、対象特許の絞り込みや条件・料率の引き下げを、根拠をもって主張できるからです。
もっとも、交渉材料のすべてをそのまま相手にぶつけるとは限りません。どの材料を、どの順で、どこまで開示するかは、相手の出方や交渉の局面に応じた戦略的な判断になります。
なお、必須性とは異なり有効性については、交渉での指摘にとどまらず、無効審判を請求するという選択肢もあります。
交渉自体の進め方は、次回の「FRAND交渉」で説明します。
まとめ
有効性の検証とは、対象特許に無効理由があるかの検証です。中心となる無効理由は新規性・進歩性ですが、サポート要件違反や新規事項追加といった無効理由が潜んでいることもあります。
クレームは、広く解釈すれば、標準必須かもしれないが先行技術により無効になり、狭く解釈すれば、先行技術により無効にはならないが標準必須ではない、ということもあります。これが必須性と有効性の「挟み撃ち」の構造です。
標準必須特許(SEP)の無効資料調査では、とりわけ標準化の過程で作成された文献(TS、TR、寄書)が無効資料の候補となります。
無効資料調査は、(1) クレームと3GPP TSの理解、(2) 基準日の確認、(3) 文献調査、(4) 取り纏め、という4つのステップで行います。
無効資料調査の調査結果や、見つかったサポート要件違反・新規事項追加は、交渉の材料になります。
イージスエイド特許事務所では、無効資料調査など、他社SEPからの防御に関する様々なご相談を承っております。まずはお気軽にご相談ください。
