「5G/4G/LTEのSEP」第4回 他社SEPからの防御 ① 全体の流れ

他社SEPからの防御 全体の流れ
  • 他社から、標準必須特許(SEP)のライセンス契約を求める通知が届いたけど、何から手を付ければよいのか分からない。
  • 特許リストやクレームチャートを提示されたが、言われるがままに支払うしかないのだろうか。
  • 回答期限が示されているが、どう返答すればよいのか。そもそも、無視するとどうなるのか。

知財担当者として5G/4G/LTEを担当することになると、他社からSEPのライセンスを求める通知——いわゆる警告状——を受け取り、その対応にかかわることもあります。

そのような場合には、他社のSEPに対して自社として何をすべきなのかを知っておく必要があります。

私はこれまで10年以上にわたって移動体通信特許の権利化や係争の支援に携わってきましたが、とりわけ他社SEPからの防御の際には、通常の特許の活用とは異なる留意点やアクションがありました。

そこで、この第4回の記事では、他社SEPからの防御について、通知を受け取ってから交渉に至るまでの全体の流れを俯瞰して説明します。

この記事を読めば、他社SEPからの防御のために何をすべきなのかを知ることができます

なお、前提知識としてSEPの概要を知りたいという方は、以下の第1回の記事を読んでみてください。

目次

1.防御の全体像

他社SEPからの防御 全体像

他社SEPへの対応は、大きく次の3つの段階に分けることができます。

  1. 初動対応——通知の内容を正確に読み解き、社内の体制を整える
  2. 相手の主張の検証——必須性・有効性・実施・消尽の4つの観点から、相手の主張の当否を検証する
  3. FRAND交渉——検証の結果を踏まえ、誠実なライセンシーとして交渉に臨む

最初に押さえておきたいのは、通知が届いたからといって、直ちに要求どおり支払う必要はないということです。第3回の記事(自社SEPの活用)でも述べたとおり、必須宣言は自己申告であり、宣言されていること=その特許が本当にSEPであること、ではありません。また、SEPの権利者は、通常、公正・合理的かつ非差別的(Fair, Reasonable, and Non-Discriminatory:FRAND)な条件でライセンスする旨の誓約(FRAND宣言)をしており、実施者は、相手の主張を検証し、適正な条件を求めて交渉することができます

一方で、無視することもできません。SEPは標準に準拠したすべての製品にかかわるため、うちには関係ないで済むケースはまれです。そして後述するとおり、対応を誤って「誠実なライセンシー(willing licensee)」ではないと評価されると、差止請求を許すリスクが高まります。

要求どおりに支払うのでも、無視するのでもなく、検証と交渉を誠実に、着実に進める——これが防御の正攻法です。以下、3つの段階を順に見ていきます。

2.初動対応

他社SEPからの防御 初動対応

通知の読み解き

まず、届いた通知から次の点を整理します。

  • 差出人は誰か——特許権者本人か、その代理人か、特許プールの運営団体か
  • 対象特許は何か——特許リストは添付されているか、件数・対象国・存続期間はどうか
  • 必須性の根拠は示されているか——クレームチャートは添付されているか
  • 何を求められているか——ライセンス契約の締結か、条件・料率の提示はあるか、回答期限はいつか

通知のトーンは、穏当なライセンスの案内から、法的措置を示唆する強いものまでさまざまですが、いずれの場合も、感情的にならず内容を正確に把握することが出発点です。

やってはいけないこと

初動の段階で避けるべき対応が3つあります。

  • 無視する——応答せずに無視することは、後の訴訟において誠実なライセンシー(willing licensee)ではないと評価される材料になり得ます。
  • 感情的に拒絶する——「一切支払うつもりはない」といった感情的な拒絶の応答も、交渉の入口を自ら閉ざす上、後の訴訟において誠実なライセンシーではないと評価される材料になり得ます。
  • 実施を安易に認める——検証を経ないまま対象特許の実施を認めるような回答をすると、交渉により有利な立場を得られる可能性を自ら切り捨てることになり得ます。

最初の返答としては、通知を受領したこと、および内容の検討に合理的な時間を要することを伝える——つまり、検証の時間を確保しつつ、誠実に対応する姿勢を示す応答が基本になります。

社内での動き

並行して、社内では次の準備を進めます。

  • 社内での報告・体制整備——関係する事業部門に報告し、対応体制を整備します。
  • 事実関係の整理——対象となり得る自社製品、搭載している通信機能、通信チップ・モジュールの調達先などを整理します。これが後の検証の基礎資料になります。
  • 専門家への相談——SEPの分野に知見のある専門家(弁理士・弁護士)に早期に相談します。

なお、社内の検討資料の作成・管理や、対外的な発言・守秘の扱いには注意が必要です。この点は、専門家と相談しながら進めるのが安全です。

3.相手の主張の検証——4つの観点

他社SEPからの防御 相手の主張の検証

初動の体制が整ったら、相手の主張の当否を検証します。このような検証は、4つの観点から行います。

(1) 必須性——その特許は本当にSEPか

検証の第1の観点は、「必須性」です。すなわち、他社の対象特許は本当にSEPなのか(より具体的には、対象特許のクレームが標準の技術を本当に包含しているか)を検証します。

必須性の検証は、相手が提示するクレームチャート、対象特許の特許公報、および、3GPPの技術仕様(Technical Specification:TS)などを参照して行います。

必須宣言は自己申告であり、宣言時に必須性が審査されるわけではありません。実際に精査してみると、クレームの要素の一部がTSの規定に対応していないなど、必須性がないケースも珍しくありません。必須性の検証は、他社SEPからの防御でも特に重要な位置づけになります。

必須性の検証は、以下の第5回の記事にて詳しく説明しています。

(2) 有効性——その特許は有効か

検証の第2の観点は、有効性です。すなわち、他社の対象特許に無効理由があるかを検証します。

とりわけ、他社の対象特許に新規性・進歩性の無効理由があるかの検証、すなわち、対象特許の新規性・進歩性を否定する先行技術の調査を行います。

SEPに特有なのは、標準化の過程で作成された資料——技術仕様(TS)・技術報告(TR)・寄書——が有力な無効資料になり得ることです。標準の技術は3GPPでの公開の議論を経て作られるため、その痕跡が先行技術として残っているのです。

なお、新規性・進歩性以外にも、サポート要件違反や新規事項の追加といった他の無効理由があるかの検証も行ったほうがよいでしょう。SEPを獲得するための強引なクレーム補正が行われることもあり、それに伴いサポート要件違反や新規事項の追加といった無効理由が存在することもあるからです。

有効性の検証は、以下の第6回の記事にて詳しく説明しています。

(3) 実施——自社製品は本当に実施しているか

検証の第3の観点は、「実施」です。すなわち、自社が対象特許の発明を本当に実施しているかを検証します。より具体的には、対象特許に対応する標準の機能を自社製品が本当に実装しているかを検証します。

標準の機能には、準拠のために必ず実装しなければならない(mandatory)ものだけでなく、実装が任意(optional)のものも多く含まれます。対象特許に対応する標準の機能がoptionalな機能に関するものであれば、自社製品がその機能を実装していない可能性もあります。また、実装している場合でも、クレームの構成と自社の実装方式とが一致しないこともあります。仮に必須性が認められる特許であっても、自社がその特許の発明を実施しているか(より具体的には、その特許に対応する標準の機能を自社製品が実装しているか)は、別途確認すべき問題です

ただし、5G/4G/LTEのUEにあたる製品については、通信機能を通信チップや通信モジュールとしてサプライヤーから外部調達して自社製品に搭載し、このように外部調達した通信機能に標準の機能が含まれているというケースがほとんどです。このような場合には、標準の機能が実装されているか否かはサプライヤー(例えば、チップメーカー)でしか確認できないことも多く、サプライヤーが実装確認に積極的ではないこともよくあります。このように、実装確認が実質的に難しいこともあります

(4) 消尽——すでにライセンス済みではないか

検証の第4の観点は、「消尽」です。すなわち、特許権がすでに消尽していないかを検証します。

通信機能をサプライヤーから外部調達している場合、そのサプライヤーがすでに権利者からライセンスを受けていれば、特許権が消尽しており、自社が重ねて支払う必要はない、と主張できる可能性があります。サプライチェーンのどの段階でライセンスがされるべきかは、SEPの係争における大きな論点の一つでもあり、調達先とのライセンス関係の確認は検証の重要な一部です。


以上、相手の主張の当否を検証する4つの観点を説明しました。4つの観点の中でも、とりわけ(1)必須性(2)有効性は、標準の技術文書に踏み込む専門性の高い検証であり、防御の成否を左右します

なお、イージスエイド特許事務所では、他社から提示されたクレームチャートの精査(標準必須性の評価)や無効資料調査など、ライセンス要求を受けた企業の防御を支援しています。お困りの際は是非ご相談ください。

4.FRAND交渉

他社SEPからの防御 FRAND交渉

検証の結果、相手の主張の弱点——必須性が怪しい特許無効理由のある特許自社製品が実施していない特許——が見つかれば、それらは交渉の材料になります。対象特許の絞り込みや条件・料率の引き下げを、根拠をもって主張できるからです。

ここで押さえておきたいのは、防御の目的は、多くの場合、支払いをゼロにすることではなく、支払うべき対価を適正な水準にすることだという点です。相手のポートフォリオに真に必須かつ有効な特許が含まれるのであれば、FRAND条件でライセンスを受けることは、事業上避けることはできません。また、自社もSEPを保有していれば、クロスライセンスにより支払いを相殺・低減する道もあります。

そして交渉においては、誠実なライセンシー(willing licensee)として振る舞うことが重要です。具体的には、

  • 相手の提示に対して合理的な期間内に応答する
  • 拒否や反論には、検証に基づく根拠を示す
  • 提示された条件に不服であれば、対案(カウンターオファー)を示す

といったプロセスを踏むことです。誠実に交渉を続けている限り、FRAND宣言のあるSEPによる差止請求は制限されるのが主要国の大きな流れです。逆に、誠実なライセンシーでないと評価されると、差止めを許すリスク——事業への最大の脅威——が現実味を帯びます。だからこそ、初動対応の段階から一貫して、誠実に対応する姿勢を示し続けることが大切なのです。

FRAND交渉の進め方の詳細は、権利者側・実施者側の両方の観点から、別の回で解説する予定です。

まとめ

他社SEPへの対応は、「初動対応」「相手の主張検証」「FRAND交渉」の3段階に分けることができます。

「初動対応」では、他社から届いた通知の読み解き、社内における報告・体制整備、事実関係の整理、および、専門家への早期相談を行います。なお、他社から届いた通知を無視したり、感情的に拒絶してはいけません。また、自社による実施を容易に認めてもいけません。

「相手の主張検証」では、(1)必須性(2)有効性(3)実施(4)消尽、という4つの観点から相手の主張を検証します。

「FRAND交渉」では、検証結果を交渉材料に、支払対価を適正な水準にすべく、誠実なライセンシー(willing licensee)として交渉に挑みます。

実務のご相談

イージスエイド特許事務所では、標準必須性評価、無効資料調査など、他社SEPからの防御に関する様々なご相談を承っております。まずはお気軽にご相談ください。

以上、第4回として、他社SEPからの防御について、通知を受け取ってから交渉に至るまでの全体の流れを説明しました。

第5回および第6回では、他社SEPからの防御について必須性および有効性の検証をそれぞれ説明する予定です。
また、第7回では、FRAND交渉を説明する予定です。

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この記事を書いた人

移動体通信(5G/4G/LTE)× 特許係争 を専門とするイージスエイド特許事務所の代表弁理士。
10年以上にわたって、移動体通信特許の権利化と係争の支援に従事。
本サイト(【5G/4G/LTE】特許ノート)では、移動体通信特許の専門家として、移動体通信特許を担当する知財担当者向けに様々な有用情報を提供しています。
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